やすやすとチェンマイ暮らし

...チェンマイに暮らす中で、日々の出来事や個人の想いを綴っています。

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NGO代表、射殺される

いつもは、勝手にリンクを貼らせてもらっている“タイの地元新聞を読む”でタイの主要なニュースを確認しているのですが、たまたま、以下のような新聞記事が目に止まったので、かなり大雑把ですが訳してみました。

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6月7日の9時半頃、チュムポーン県ターセ郡のダム建設反対の環境保護NGOの代表であるマイ氏(49才)が何者かの手によって射殺された。この環境保護NGOには千人以上のメンバーがおり、マイ氏は地域住民をまとめ、十年近くに渡ってターセ郡内のダム建設に反対してきた。タイ国内はもとより、海外のNGO関係者にも知られた存在であった。

その日は、NGO関係者のダム建設反対に関する会議に出席し、バイクで家に帰っていた途中、いきなり車の助手席から散弾銃で撃たれた。灌漑局は再びダム建設の計画を進めようとしており、その動きに対抗してマイ氏が住民を集めて抗議行動を計画していた矢先である。5時間に渡る手術の甲斐もなく病院で息を引き取ったが、腹部には散弾銃の鉛玉が15ヶも残っていた。今回の事件は、目撃者もおらず、確実に仕留めるために散弾銃を使用し、証拠を残さないように車の中から撃っており、これはプロの殺し屋による計画的な犯行だろうと、警察では見ている。地元の資本家は、事前に安い値段でダム建設予定地を購入し、政府からの補償金を当て込んでいたが、建設が進ます1億バーツにものぼる補償金が手に入らず、日頃から不満に思っていたようだ。

マイ氏の妻は、「ダム建設反対により、地元の資本家が補償金を得られないことによる恨みであろうが、その他にもダム建設によって利益を得る地方公務員や地域の有力者も共謀して、殺し屋を雇ったのだろう。」と答えている。ただ警察は、マイ氏がはっきり物事を言う性格で、国会議員や地方行政にも関係があり、また、学校の校長や地元有力者との対立が原因の可能性もあるとして、捜査を進めている。

今回射殺されたマイ氏は、2004年6月21日に射殺されたジャルーン氏の知人でもあった。ジャルーン氏は、ボーノーク地区の火力発電所建設反対のリーダーだったが、3周忌を迎える前にまた一人同士が殺された。2001年から数えて、NGO関係者や住民リーダーが命を奪われるのは、今回のマイ氏が20人目にあたる。2001年に7人、2002年に4人が射殺されている。2003年に3人、2004年に3人、この中には2004年3月12日に誘拐されたまま消息がわからないソムチャーイ弁護士も含まれている。2005年6月17日には、チェンマイ県ファーン郡で地元有力者が寺院の土地を不法占拠しようとし、それに反対していた僧侶が集団暴行にあって亡くなっている。これらすべての事件は、未だに解決されず犯人は逮捕されていない。
            <2007年6月10日 コム・チャット・ルック紙>
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もちろん活動分野によって状況はかなり違いますが、タイでNGOや反対運動のリーダーになることは、時として命がけです。殺し屋を雇った犯人は、彼と敵対関係にあった人物だから、すぐに逮捕されてもよさそうなものですが、何故かタイではうやむやになってしまいます。
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