やすやすとチェンマイ暮らし

...チェンマイに暮らす中で、日々の出来事や個人の想いを綴っています。

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強く生きてほしい

7月中旬、日本の高校生の修学旅行で訪問するために、チェンマイ市郊外にあるNGOを訪ねました。しばらく足を運んでいなかったので、事前の打ち合わせと最近の状況を確認するためです。その財団は、両親がエイズや麻薬の問題を抱えていたり、家庭崩壊、孤児の子どもたちが暮らす施設です。

その日こんな話を聞きました。

代表の女性が、先日、チェンマイから車でも3時間以上かかる山岳少数民族の村へ行ってきたというのです。数週間前に父親をエイズで亡くし、一人で暮らしている9歳の男の子を訪ねたそうです。実の両親は離婚し、母親は家を出て別の男性と再婚、男の子は父親に引き取られたのですが、父親も別の女性と再婚しました。父親はHIVに感染、再婚した女性もHIVに感染していました。父親の様態が悪くなり、寝たきりになると、再婚した女性は家を出て行き、その男の子が父親の世話をしていました。その後、父親は結核を患っていたのですが、その男の子は、ずっと父親と同じ家で暮していたので、結核に感染していないかと、代表の女性は心配していました。結核に感染していると、20人以上が暮らすその施設では、他の子に感染する可能性があるので、すぐにはその男の子を引き取ることができません。父親が亡くなってからも、その子は家に一人でいたのですが、幸いなことに近所の人達が食べ物を分けてくれ、飢えをしのいでいたそうです。

そして1週間後に、日本人の高校生とその施設を訪問し、代表の話を聞いてから、子どもたち同士の交流が始まりました。男の子達がサッカーに興じているのを、一人で見つめている小さな子がいました。あの後、病院で検査をした結果、結核には感染していなかったので、この施設に保護され、ここでの新しい生活を始めていました。ただ、足が少し不自由なのと、来たばかりなのか、まだ親しい友達はいないようでした。その子に風船を渡すと、引率の日本人の先生とずっと遊んでいました。まだ表情には硬い部分も見受けられたのですが、時たま笑顔がこぼれていました。わずか9歳にして、父親を亡くし、実の母親からも、継母からも見放された男の子は、新しい生活の場の中で、これからどんな人生を送っていくのでしょう。

その施設で子どもたちと一緒に夕食をとり、全体写真を撮って別れの時が来ました。日本の生徒たちは、仲良くなった子どもと一緒に写真を撮ったり、別れを惜しんでいました。そんな中に一人立っている彼を見つけたので、「また、来るからな!」と肩を叩いて別れました。彼には、元気で強く生きてほしいと願うばかりです。そして、また明るくなった彼と再会できるのが楽しみです。

まだまだ、タイ社会、山の村には、様々な境遇の子どもたちがいて、自分とは直接関係がないところで苦しんでいたり、もがいていたり、がんばっているんだなと、今さらながら実感しました。そして、そういった彼らを支援する財団や人がいることに救われる思いがします。また、何らかの形でそういった人達の役に立てればと思います。
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