やすやすとチェンマイ暮らし

...チェンマイに暮らす中で、日々の出来事や個人の想いを綴っています。

2009年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年12月

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お通夜

親戚、関係者、村の人たちが協力して、
お葬式の準備が進みました。
私も運転手として、買い出しや参列者の送迎など、
ちょこっとだけお手伝いしました。

お通夜にも顔を出してきました。
タイでも一般には黒い服を着て出席します。
一着しかない黒のポロシャツをもう何年も着ています。
僧侶の読経の間、イスに座っていてもいいのですが、
ゴザの上に座って手を合わせました。
普通は正座かタイ式横座りをするのですが、
昔、足の骨にヒビを入れてギブスをしていたせいか、
治ってからも正座をするのがきつくなりました。
仕方がないので、あぐらをかかせてもらっています。
お経は長時間になるので、イスの方が楽ですが、
せめてもの彼女への供養と思い、しんどい方を選びました。
何度も足を組み替えるのですが、すぐに背中が痛くなります。

昔はお酒が出たり、トランプ博打をすることで、
みんな遅くまでお寺にいたそうですが、
最近はお酒を出さないキャンペーンが広がっています。
村の人たちがお寺に泊まり込んで、線香の火を欠かしません。
いろいろな団体から花輪が届いていており、
多くの人がお通夜に参列していました。
飲み水や食べ物を出す人、たくさんの人が協力していました。

もし、いつか自分が亡くなったら、誰が喪主になって、
誰が仕切るのだろうかと、ふと想像してしまいました。
どんな人がお参りに来てくれるのだろうか。
まだ予定を立てる必要なんてないんでしょうが、
彼女のように突然、死を迎えないとは言い切れません。

タイに来てから何度葬式に立ち会ってきたことでしょう。
将来、いつか自分もタイで送られる日がくるんでしょうね。
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| あれこれ思う | 22:14 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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戻ってみると

バンコクからチェンマイに戻っています。
やはり朝夕の空気の冷たさがバンコクとは違います。
自分の家、仕事場に戻って来ると、ほっとします。

戻って来たその日に病院へ知り合いを見舞いました。
知り合いといっても、私自身はそんなに親しくないのですが、
連れ合いや義母が普段から懇意にしている女性です。
もう数日間入院していたのですが、
私がバンコクから連れ合いに電話をした時も、
心配をしてはいけないと、この件には触れていませんでした。
チェンマイに戻ってから、初めて彼女の入院を知りました。

目の前を車が急に横切ったため、バイクが転倒して、
道路に投げなされたそうです。
相手の車はそのまま逃げていってしまいました。
脳の手術をし、お見舞いに行った際は自分で呼吸していたので、
時間がかかっても回復するのだと疑いませんでした。

翌日、急に様態が悪化し、そのまま帰らぬ人になってしまいました。
まだ30歳代、突然の死に、みんな信じられない気持ちです。
彼女が亡くなったことへの悲しみはもちろん、
親しかった人たちの涙を見ていると、いっそう悲しさが増します。

心よりご冥福をお祈りします。
どうか残された子供たちをお守りください。

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| あれこれ思う | 08:27 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ご無沙汰です

しばらくブログの更新をサボっていました。
いろいろ仕事や用事、訳あってご無沙汰しています。

今は、通訳の仕事でバンコクへ来ています。
ホテルに滞在しながら、通訳に通っているのですが、
この週末の数日間は休息日です。

チェンマイで暮す者にとっては、この街は大き過ぎます。
中心部には大きなデパートや商業施設が林立していますが、
私には、ホテル周辺の下町の方が何となく落ち着きます。
バスの路線がよくわからないので、
チェンマイにいる時よりも歩いています。
渋滞しているときは、歩いた方が早いぐらいです。
BTSの車内の寒さには閉口します。クーラー効き過ぎです。
バイクで移動できるチェンマイが懐かしいです。

バンコクの良いところと言えば、うーん、何でしょう。
特に思いつかないですね。
タイに来た当時、バンコクで暮らしながら学校へ通い、
タイ語を勉強していた頃もあったのですが、
もう住む気にはなれないですね。
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| 通訳とか翻訳 | 20:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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新築祝い

連れ合いの村の遠い親戚が、新築祝いをするというので、
私は運転手として、チェンマイ郊外まで送り迎えをしました。

朝から出かけて、私と下の子は、朝食だけご馳走になり、
一度家に戻ってから、再び午後に迎えに行きました。
朝から出た料理はこのご馳走です。

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そうです。生肉とハーブを和えた「ラープ」という料理です。
裏の台所で応援に駆けつけた村の人が作っていました。

P1070928.jpg

今朝のラープは水牛の肉でした。

チェンマイ郊外の住宅分譲地に完成した、真新しい2階建ての家です。

P1070933.jpg

新築祝いのためにこんな看板まで準備してありました。

P1070934.jpg

朝食が振るまわれた後は、僧侶による儀式が始まりました。

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儀式に使う花やお供え物は、自分たちで手作りです。

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バナナの葉と花できれいに飾りつけられます。

P1070936.jpg

読経は長くなるので、私は途中で一旦失礼しました。
儀式の後は、昼食が出され、お酒も出て夜まで宴会です。

この家庭も息子二人が大きくなり、もう働いているので、
チェンマイ近郊に土地を購入し家を建てたそうです。
両親も実家の家を閉めて、息子夫婦と暮らすために、
今後はこのチェンマイの新居で同居するそうです。
連れ合いの実家の村でも、じわじわと過疎化が進んで、
若い人は街で仕事を見つけ、村には戻りません。
義母も村にある実家に一人で住んでいます。
自分で動ける内はいいですが、年老いてくれば、
市内に呼んで同居することになるのでしょうか。
タイの田舎でも過疎化の傾向は今後も続きそうです。
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| 日常の風景 | 10:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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理解しがたい

先日、郊外の大型スーパーへ買い物に行った際、
かわいいお茶碗があったので、つい衝動的に買ってしまいました。

P1070920.jpg

タイでは、ご飯はお皿で食べるのですが、
やはり日本人的にはお茶碗の方がしっくりきます。
いろいろな陶器の食器やプラスチックのお椀が並んでいましたが、
そこには「ザ・陶器」というシールが貼ってありました。
値段は1個59バーツです。

100円ショップのダイソーは、2003年にタイへ進出し、
タイ全土に32店舗、チェンマイにもすでに2店舗あります。
地方ではバンコクより5バーツ高くて、どれも65バーツします。
今のレートから考えると100円以上しており、日本より高くなります。
たまに日本へ帰国したときは、やはり日本で買うようにしています。

それにしても、どうしてタイで製造された陶器が、
日本より高く販売されているのか、そのからくりが理解できません。
そのスーパーでは1個59バーツで売っていたので、
現地のダイソーより安いことになります。
多分、ランパーン県の陶器工場から直接仕入れているのでしょう。
それにしても日本で100円(36バーツ)で売れるものが、
タイの現地でどうしてそれより高くなるのでしょうか。
売値が100円ということは、仕入れ値は当然それより安くなりますが、
そこにはタイから日本への輸送代が含まれていることになります。
そう考えると、一体、原価はいくらなんでしょうか。

私が買った花柄のお茶碗。
よく見たら、縁の部分に1ヶ釉薬がかかっていない部分があり、
これで検品に引っかかったのかもしれません。

P1070921.jpg

ということは、キズもの、日本に輸出できないものということ?
それを日本より高くタイで売るというのは、
一体どうなっているんでしょうか。
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| 日常の風景 | 20:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ほっ、ビザ更新

本日、改装されたチェンマイイミグレーションへ、
在留許可(ビザ)の更新手続きに行ってきました。
サービスの開始時間は8時半ということで、
作戦通りに家を8時に出て、8時10分頃にイミグレに着きました。
それが何と、この時点ですでに駐車場はいっぱい、
連れ合いだけ入り口の前で下ろして、お隣に車を停めに行きました。

建物の中のイスはほとんど満員状態で、
みんな考えることは同じみたいで、
もう少し早く家を出ればよかったと、少し作戦ミスで後悔。
見た感じは、西洋人が多く感じました。

先に連れ合いが整理券をとってくれていましたが、
それでも807番、つまり本日の7人目ということです。
1年の延長申請は、機械の4番ボタン、800番台で始まります。
そこから待つこと待つこと、1時間待ってもまだ805番でした。

お尻が痛くなって、ウトウトとしてきた頃に、
やっと私たちの順番が回ってきました。
こんなに時間がかかる理由として考えられるのは、
机は三つなのですが、担当職員が二人しかいないからでしょうか。
また私たちの書類の検査をしている間も、
問い合わせの電話があり、その応対に追われていました。

今回の申請では、職員からいくつかアドバイスを受けました。

銀行口座は、更新申請者のみの名義とし、
夫婦の共同名義は使えないということでした。
給料が、毎月40,000バーツ以上あれば、
銀行残高は関係ないそうですが、私はそんなにありません。
また銀行口座には40万バーツ以上が必要で、
残高証明書発行前に2ヶ月以上は口座になければなりません。
この規則は去年の11月から運用されていて、
現在はその移行期間中ということで大目に見てくれましたが、
今年の11月25日以降は、厳格に適用されるそうです。

また、最近撮った夫婦のスナップ写真、自宅の地図など、
新たに書類の提出を求められましたが、準備していなかったので、
後で書類を持参するということで、その場は許してもらいました。

奥の部屋で上司のサインをもらい、終わったのは10時50分でした。
2時間半ぐらいかかったことになりますが、
それから家に戻って、追加書類を準備して再提出し終え、
何とか午前中に終えることができました。

1年間の延長を申請してもすぐに許可されるのではなく、
1回目は1ヶ月後に審査の結果を聞きに行かなければなりません。
その際は、この整理券をとって順番を待たなくても、
窓口に直接提出して、結果を聞けばいいそうです。

ビザの1年間更新の申請が近づくと、ちょっと憂鬱になるのですが、
今年も大きな問題もなく、第1関門を突破できてほっとしました。 
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| 手続き関連 | 20:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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息子の病名は?

下の息子が、やっと退院できました。
結局、なかなか病名がわからず、入院が5泊6日になりました。
何度も血液検査をして、デング熱が疑われていました。
白血球の数が、通常より少ない値が出たのですが、
その翌日にはまた正常な数値に戻っていました。
平熱に下がったかと思うと、また夜中に発熱することもあり、
病名不明、様態も落ち着かず、どうなるのかと心配していました。

入院数日後、連れ合いが知り合いの僧侶に電話で相談したところ、
まだ何も説明していないのに、息子の名前と誕生日を言っただけで、
体調が悪く、夜も寝付けないことを言い当てられたそうです。
そしてその原因とは????

今私たちが住んでいる住宅街の入り口付近で、
亡くなった男性の浮遊霊が息子に悪さをしているので、
そこに彼が生前好きだったものをお供えしなさい、
というようなアドバイスだったそうです。
家族の他の者は何ともないのに、どうして下の子だけが。
そこで、病院での付き添いに来てくれている義母が、
さっそく市場で買い物をして、僧侶に言われた場所にお供えをし、
線香を立ててお祈りをしました。
僧侶曰く、いくら検査をしても病名はわからないだろう、
これは霊の仕業だから、と言っていたそうです。
その夜は、息子もぐっすり眠れ、本当に熱も下がってきました。

信じ難いがそうだったのか、と思いこみかけていた頃、
回診に来た担当の若い女医さんから説明がありました。
何度目かの血液検査の結果、ウィルスが見つかったので、
昨夜から薬を変えたとのことでした。
タイ語では「โรคไข้รากสาดน้อย」といい、
英語では「Scrub typnus」と教えてくれました。
ダニなどを媒体とする病気だと説明されたのですが、
その時点ではよく実態がわかりませんでした。

さっそく、家に戻ってインターネットで調べてみました。
ありました、ありました。「ツツガムシ病」
症状についても、熱が上がったり下がったりすること、
白血球が減少したり、相対的に増えたりと、
確かに症状が似ています。
ただ、赤い発疹や噛まれた跡が見当たりません。
こんな病気があったんだと、初めて知りました。
それにしても、どこでダニに噛まれたのでしょうか。
家の中か、または家の周辺ということになります。
治療の薬はありますが、有効な予防ワクチンはなく、
最大の予防はダニに噛まれないようにすることだそうです。

さてさて、浮遊霊の仕業かツツガムシ病が原因か、
タイ人の連れ合いと論争をしても仕方がないことで、
とにかく息子の熱が下がって元気になったので、
それでよしとして、深く追求しないことにします。

ちなみに病院の入院にかかった費用ですが、、、、 

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退院祝い

ローイクラトンの当日、やっと下の息子が退院できました。

家に着くなり、付き添いで来てくれていた義母が、
庭にあるバナナや花を使ってクラトン(灯篭)を作り出しました。

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庭に咲いていた花を集めて、こんなのができました。

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さすが伝統の技というか、年の功です。

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今年も上の子は、一緒にダンスを練習している近所の子たちと、
いっしょにクラトンを流し、花火をしに行きました。
今年は義母と下の息子、私たち夫婦の4人で出かけました。

毎年流しに行くカウィラ王の記念公園ですが、
向かいにある陸軍駐屯地の中に車を停めることができます。
ピン川沿いでクラトンを流し、コームファイを上げてきました。
さすがチェンマイ。今年はパンダの絵柄のコームファイがありました。

P1070912.jpg

家に戻る途中で下の子の退院祝いに花火を買ってきて、
近所で久しぶりに花火をして遊びました。
しかし、隣の借家を借りている西洋人の家族、
今年が初めてのローイクラトンか、大量の花火を買い込み、
それも怖いもの知らずで、派手にドン・パンやっています。
いくら分、買ってきたんや?という感じです。
頼むさかい、我が家には花火を打ち込まんといてや。

夜風が冷たく感じる心地よい夜ですが、うるさ過ぎます。 
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| なんでも風物詩 | 22:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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鳴りやまぬ音

下の息子はまだ病院に入院しています。

ローイクラトンが近づいてきたので、
夜になるとあちこちから花火の音が聞こえてきます。
ナイトバザールではパレードがあったとか、
ターペー門ではたくさんの「โคม」コーム(提灯)が飾られ、
日本や中国のもあると、ニュースでやっていました。
近所でも打ち上げ花火があがっていますが、
車の防犯装置がその振動に反応して、
遠くから異常を伝えるサイレン音が聞こえてきます。
この時期、手製の花火で怪我をする人が必ず出てきます。
市販されている花火でも人に向けて投げるので、
やけどをしたり、怪我をする人がいます。
ニュースでは、今年もさっそく
お隣のランプーン県で僧侶が怪我をしたと報道していました。

うちでは、連れ合いが家の周りにロウソクを灯していました。

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正確には素焼きの小さな皿にロウを入れたもので、
一般には「ประทีป」(プラティープ)と呼ばれています。

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いよいよ明日はローイクラトンのハイライト、満月の夜です。
上の子は新学期が始まります。
下の子は退院できるでしょうか。
今年は家族そろって、クラトンを流しに行ければいいのですが。
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